独逸旅行日記(5) ベルリン篇 その2<フィルハーモニーで、アンドラーシュ・シフを聴く> そして帰国

 10月5日、寿司店「一心」から歩き、コーミッシェ・オパー前を通って、ユダヤ人犠牲記念館に行きました。もう午後4時近くです。先ず眼についたのは道路に面して並んでいる無数の灰色のコンクリートブロックの群れです。(左下写真)この記念館はナチスによって虐殺された多くのユダヤ人に捧げられた施設です。
 右下は、地下にある展示室に入るために並んでいる、主に学生たちのようです。引率者がいたようなので多分団体で来ているのでしょう。ドイツの学生にはこの施設を一度は見学するよう義務付けられているのではないか、と娘は言います。展示室の各部屋には亡くなったユダヤ人の一人ひとりの詳しいデータが公開されています。しかしあらめてこれらの個々の人々の生涯を目の前にするとき、やはり強い衝撃を受けると同時に、ユダヤ人の抹殺を企図したナチスという究極の姿に具現化された、歴史的に積み上げられた反ユダヤの根深い憎悪の底流を強く感じざるを得ません。
 
 左は、展示室から外へ出たとき目の前に立ちふさがった、高さのある迷路のようなコンクリートブロックです。なかなか道路へ出ることができませんでした。

 下の写真は、(前述した)東ドイツ時代に建設された、コーミッシェ・オパーです。案外控えめな外観で意外な感じがしました。
 
 シフのリサイタルを聴くため、夜7時30分ころフィルハーモニー着きます。リサイタルは、室内楽ホールで行われます。
 左下は夜のカラヤン・サーカス(フィルハーモニー大ホール)ですが、一部外回りが工事中でした。右下は当夜のシフ・リサイタルのプログラムです。
 
 下は、開演直前のフィルハーモニー室内楽ホールの様子です。
 
 シフの演奏は今まであまり聴いてこなかったのですが、今宵で一遍にファンになりました。ことさら気をてらうことなく、端正な、粒立ちの良い音を聴かせる一方、曲に対する恐ろしいまでの集中力(これはライブで聴かないとなかなか分かり難いかもしれません)、知情意を兼ね備えた完璧なピアニズム、曲に命を吹きこみ、一つの生き物のように音楽を立ち上げるエネルギー感など、聴き続けるほどに言い知れぬ愉悦感を与えてくれました。
 演奏終了後の喝采は物凄いものがありました。聴衆がほとんど全員総立ちで賞賛の嵐を浴びせかけ、私も生まれて初めてスタンディング・オベイションに加わりました。

 翌6日は、午前10時過ぎにホテルをでて、ウンター・デン・リンデンを通ってジャンダルメンマルクトへ行きました。
 旅行中ずっと感じていたことは、今まで訪れてきたどの町も交通信号標識がほとんどないことです。本当に主要な交差点だけに歩行者信号機が設置されています。
 左下は、ブランデンブルグ門を見はるかすウンター・デン・リンデンの街路で、カフェ・アインシュタイン前の交差点にはさすがに歩行者信号機があります。しかし、歩行者信号機が青になっている時間は極めて短く、渡り終わるかどうかという間に、すぐに赤になってしまいます。
 右下はベルリン大聖堂前の通りです。信号機が見当たりません。ウンター・デン・リンデンには歩行者信号機はかなりありますが、それ以外の通りには極めて少ないのです。それでも交通の混乱はほとんど見られません。国民性の違いでしょうか。また、ライプツィヒでは車の歩行者優先の姿勢は徹底していました。他にも、ライプツィヒの人々の親切さは心に響くものがありました。
 

 ジャンダルメンマルクトへ行く途中、工事中のシュタツ・オパーの脇から、聖へドヴィヒ大聖堂の前を通ります。聖ヘドヴィッヒ大聖堂は聖歌隊合唱団で有名です。フェレンツ・フリチャイとベルリン放送交響楽団との演奏が多かったように思います。
 左下が工事中のシュターツ・オパーで、右下が聖ヘドヴィッヒ大聖堂です。今回はいやに工事中の建物が多かったような気がします。
 
 左下の写真は、ジャンダルメンマルクト広場にあるドイツ・ドーム(手前)とフランス・ドーム(奥)です。右下は、二つのドームの間に位置するコンツェルトハウス・ベルリンと前に立つシラー像です。ワグナーが「さまよえるオランダ人」を指揮したことで知られています。
 
 その後は、用があって娘がフンボルト大学の学内に立ち寄っている間に、大学構内に開かれている古本市を冷やかしました。(左下)
 大学正面から中に入ってみると、広いロビーの真正面の壁面に、カール・マルクスの言葉が掲げられているのが、印象的でした。(右下)
 

 この日夕刻、ICE特急で再びライプツィヒへ戻り、ツィルス・トゥンネルで食事の後、再び聖トマス教会を訪れました。明日は帰国の途につくので、是非とももう一度訪れたいと思ったからです。もう午後9時になっていました。少し冷えてきた夜の、人気のない聖トマス教会の前に立ってみると、様々な感慨がひたひたと胸を襲ってきます。
 左下は、ツィルス・トゥンネルのある居酒屋の多い路地のにぎわいで、右下は夜の静寂の中にたたずむ聖トマス教会です。どうやらライプツィヒは私にとっての聖地になりそうな気がします。
 
 いよいよ帰国という日の朝、娘と一緒に書店へ行き本(左下)を買い、ニコライ教会前のカフェ・カンドラー(右下)に立ち寄り、娘と旅のスケジュールの最後の時間を惜しみました。
 この2冊の本は、ドイツ語はほとんど読めないにも関わらず、敬愛するトーマス・マンの「ヴェニスに死す/他の短編集」と、カフカの「審判」を記念に買い求めたものです。ともにマンと縁の深かったフィッシャー書店の出版です。
 

 この日、帰国の途に就くため、午後1時25分にライプツィヒ空港を離陸し、ミュンヘンで往路と同じルフトハンザ機に乗り換え、一路成田へ向かいました。 
 長々と続けた退屈な旅行記は、これで終わりです。初めてのヨーロッパ旅行なので、余計な思い入れが強く、煩瑣な記述が多かったと思います。その点は何とぞご容赦下さい。

(追記)
 2011年5月17日から29日まで、ライプツィヒで「国際マーラー・フェスティヴァル・ライプツィヒ」が開催されます。会場はゲヴァントハウスです。

 曲目と演奏者を紹介します。凄い顔ぶれで、あらためてライプツィヒの、ドイツ、いやヨーロッパにおける音楽的なステータスの高さが分かります。ライプツィヒにはゲヴァントハウス管弦楽団の他に、従来ライプツィヒ放送交響楽団といった、MDR交響楽団(中部ドイツ放送交響楽団)が存在します。1992年に今の名称になりましたが、かつては、ヘルマン・アーベントロートやヘルベルト・ケーゲルの指揮で知られていました。現在の首席指揮者は、準・メルクル。
5月17、18日 交響曲第2番  指揮:リッカルド・シャイー     ゲヴァントハウス管弦楽団
5月19日    交響曲第3番  指揮:エサ=ペッカ・サロネン  シュターツ・カペレ・ドレスデン
5月20日    交響曲第10番  指揮:準・メルクル          MDR交響楽団 
               (デリック・クックによる補筆完成版)  
5月21日    交響曲第7番  指揮:未定              バイエルン放送交響楽団
5月22日    大地の歌     指揮:ファビオ・ルイジ     ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
5月22日    交響曲第10番よりアダージオ&交響曲第1番
                     指揮:ヴァレリーゲルギエフ  ロンドン交響楽団
5月23日    交響曲第5番  指揮:アラン・ギルバート    ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団
5月24日    交響曲第6番  指揮:デイヴィッド・ジンマン   チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
5月25日    交響曲第4番   指揮:ダニエル・ハーディング  マーラー室内管弦楽団
5月26、27日 交響曲第8番  指揮:リッカルド・シャイー   ゲヴァントハウス管弦楽団
5月28日    交響曲第9番   指揮:ダニエレ・ガッティ    ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団