サンクトペテルブルグP.O演奏会−冴えわたるストラディヴァリウス 強い意志の女(ひと)庄司紗矢香は日本の誇りだ

1月25日、大阪の「ザ・シンフォニーホール」での、ユーリ・テミルカーノフ指揮、サンクトペテルブルグ・シンフォニー・オーケストラの演奏会を聴きに行く。
 9時30分の<のぞみ21号>で新大阪駅へ。そこから大阪駅経由で大阪環状線の福島駅へ。会場はそこから徒歩7分の距離。

 演奏プログラムは、
1、チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリン:庄司紗矢香
2、チャイコフスキー 交響曲第4番
という、まことに贅沢な組み合わせ。東京会場では、この2曲がセットになった演奏会はなかったので、やむなく日帰り日程で大阪で聴くことにした。開演は14時であった。

 左は、前面道路が工事中のザ・シンフォニーホール正面。
 関心は、どちらかと言えば「交響曲第4番」の方にあった。この曲は、学生のころからムラヴィンスキーの演奏を愛聴していたし、最近ではむしろ、1971年のカラヤンBPOの演奏の方に耳を傾けることが多かった。
 ムラヴィンスキーレニングラード・フィルの伝統を引き継ぐオーケストラをこの耳でじかに聴いてみたいという誘惑に勝てず、旅費往復およそ3万円を厭わずはるばる大阪くんだりまで出向くこととなった次第。

 最初にヴァイオリン協奏曲が演奏されたが、このオーケストラの強靭さだけではない甘美な響きにも舌を巻く。そして庄司紗矢香の天賦ともいうべきヴァイオリンのテクニックと、濃密でありながらも冴え冴えと響き渡るストラディヴァリウスの底知れぬ深い音色に、ただただ呆然と聴き惚れるのみだった。ミッシャ・エルマンが使用していたというストラディヴァリウス・”レカミエ”の澄みきった、しかも豊潤な響きの心地よさ。庄司紗矢香の繊細緻密でしかも集中力に富む思い切りのよい弾きっぷり。テミルカーノフの包み込むような暖かいサポート、どれをとっても一級品だった。生涯に二度とこのような演奏にめぐり会うことはないだろうとつくづく感じた。

 アンコールで、クライスラーレチタティーヴォスケルツォカプリースというソロの曲(曲名は、帰りにホールに掲示されていたのを見た)を演奏したが、庄司の技量がひときわ引き立つ選曲であった。

 チャイコフスキーの”交響曲第4番”は実に規範的な演奏であった。テミルカーノフはことさら力むのではなく、ごくナチュラルに演奏していたが、それにしてもこのオーケストラのブラスの咆哮の凄まじさは、日本のオケでは到底聴くことのできない水準の高さであった。オケ全体の充実ぶりも見事で、各パートとも全く揺るぎのない高い技量を発揮していて、十分に堪能することができた。演奏を駆け抜けていく時間の何という早さ!
 ただ日頃、カラヤンBPOの1971年という指揮者もオーケストラも全盛期の演奏(CD)に親しんでいるので、若干喰い足りない気もしたが、こちらは、まるでカラヤンBPOに奇跡が降り立ったかのような、ヴォルテージの極めて高い圧倒的な名演なので、あえて比べるのも気の毒であろう。 

 アンコールでは、エルガー”愛のあいさつ”を、サンクトペテルブルグPOが実にやさしく愛らしい演奏をするのを聴いて、このオケが巧みでオールマイティな機能を持つ世界の一流オーケストラであるとあらためて確信した。終演はジャスト16時であった。

 帰りに、ホールで販売していた庄司紗矢香のCD、”バッハとレーガーの無伴奏ヴァイオリン作品集”を買い求めた。16時50分発の<のぞみ242号>で東京へ帰って早速心躍らせて聴いた。
 2枚組のCDで、曲目はCD1が、マックス・レーガーの”前奏曲とフーガト短調”バッハの”無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番”、レーガーの”前奏曲とフーガロ短調”、バッハの”パルティータ第1番”、そしてCD2が、レーガーの”シャコンヌト短調”とバッハの”パルティータ第2番”という凝った構成であった。
 揺るぎのないテクニック、曲へ真摯に向き合った気品ある、そして恐るべき集中力を持った演奏が心を捉えて離さない。演奏を聴きながら、彼女の演奏に賭ける強い意志の力をひしひしと感じる。その強い意志とは、この濁世の闇をを切り裂く光芒の一閃でありたいと願う強い希求の意志に外ならない。
 庄司紗矢香はまだ若いにもかかわらず、まさに巨匠への道を歩みつつあると感じた。日本の誇る演奏家の一人であるのは間違いない。