前口上

 人の言説にはすべからくバイアスがかかっている、というのが私の持論ですが、最近は、言説のみならず人間の本性、ひいては人間集団社会の特質に修復不能のcrack(ひび割れ)あるいはgap(ずれ)があり、そのcrack(またはgap)を埋めているのが嫉妬(envy)であり、愚行(folly)であり、野蛮(cruelty)なのだと思うようになりました。私たちが日頃いやおうなく直面させられている様々な理不尽さの原因はここにあり、また、生きている限りこうしたcrack(またはgap)から逃れるすべはないのだ、と考えています
 私たちの魂を揺さぶる素晴らしい音楽の数々は、こうした理不尽さの前で、すぐに沮喪(そそう)してしまいそうになる弱い心と「臆病な臓腑を持った人間*」を慰めるために、天が私たちに与えてくれた大切な贈り物だと思っています。
(*アンリ・ミショー:詩集「試練・悪魔祓い」(小海永二訳)の『トンネルの中の歩み』第23の歌、より)