シャンソン&カンツォーネ

シャンソン) 
 カンツォーネ(ナポレターナなど)は、日本ではよくシャンソンと並べて論じられます。同じラテン系というカテゴリーに入るからでしょうか。しかし、かつて私たちを楽しませてくれた多くのシャンソンも、曲想がもはや現代の音楽シーンから遠いものになってしまいました。今をときめくシャンソン歌手のPatricia Kaas(パトリシア・カース)も英語で歌ったりして、明らかに古いシャンソンの枠にとらわれていません。これは、パトリシア・カースがベルギー出身の大歌手Maurane(モラーヌ)と共演した、ジャック・ブレルの代表作の「Ne me quitte pas(行かないで)」です。

 往時シャンソン界を彩った多くの大歌手たちも、今は過ぎ去りつつある栄光と記憶の中に生きています。ただ、Léo Ferré(レオ・フェレ)だけは持っている毒素の量が多いせいか、未だにインパクト力を失っていないように思われます。

 それでも、「Et Maintenant(そして今は)」「Les feuilles mortes(枯葉)」「Le pont Mirabeau(ミラボー橋)」「Ne me quitte pas(行かないで)」「La Mamma(ラ・マンマ)」「Les yeux d'Elsa(エルザの瞳)」そして「Est-ce ainsi que les hommes vivent(男の生き方)」などは、今に生きるシャンソンの大傑作に違いありません。

「エルザの瞳」は、 ルイ・アラゴンの詩に、Jean Ferrat(ジャン・フェラ)とモーリス・ヴァンデールが作曲した傑作ですが、歌手でもあったジャン・フェラは去る3月13日に79歳で亡くなりました。この動画は(時期ははっきりわかりませんが、様子から見て)晩年のフェラが自ら歌っているものと思われます。この「エルザの瞳」は、昔からアンドレ・クラヴォーの美しい気品のある声で繰り返し聴いてきた懐かしい曲です。画像の最初に出てくる二人が、ルイ・アラゴンと若き日のジャン・フェラで、最後に出てくるのが、作家でアラゴン夫人のエルザ・トリオレ、つまりこの詩が捧げられたエルザその人です。彼女は詩人マヤコフスキーの義妹に当たります。今、フェラの逝去の知らせに接し、まことに哀惜の念に耐えません。

 日本では、シャンソン大向こう受けする歌唱力はさして重要ではなく、知的な雰囲気をかもし出すことがこのジャンルの本質的なあり方であると理解される傾向にあるようです。一概に間違いとは言えないのですが、もちろん大ブームを呼ぶという訳にもいかず、かつての「銀巴里」など比較的マイナーで、かつアットホームな舞台で歌われるのが主だったように思われます。(そうした雰囲気というものには若い頃には大いに魅かれ、足繁く「銀巴里」へ通ったものです。若き日の丸山明宏さんー現在の美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」が良かったですね。他に、加藤登紀子さんや金子由香里さん、大木康子さん、仲代圭吾さんなどが出演したのを覚えています。1960年代後半のことです。 

 どうも、シャンソンというと何となく高踏的・文学的イメージに包み込まれているようですが、それはどうやら、ジャック・プレヴェール(枯葉)、ギヨーム・アポリネールミラボー橋)、ルイ・アラゴン(男の生き方)などの大詩人たち、それに大歌手にして作曲家のレオ・フェレなどによって作り上げられてきたもののようです。そして、こうした知的付加価値の働きで、日本ではまだ一定の商品価値はあるようです。

カンツォーネ
 一方、カンツォーネに目を転じれば、歌自体のもつ旋律の美しさや濃厚な感情表現には目をみはります。イタリア語も実に美しい言葉です。また、イタリア・オペラ、特にベルカント・オペラというバック・グラウンドにも支えられています。

 しかし、カンツォーネ人気も日本ではすっかり下火になってしまいました。セルジオ・ブルーニやクラウディオ・ビルラといった不世出のナポレターナ歌手のレコード、CDも今では手に入れるのも難しくなりました。(古すぎるせいもあるのかも知れません。)しかし、心配は無用です。適切にhostされた動画を検索すれば、彼らの歌に数多く接することができます。

 彼らの他にも、Roberto Murlolo(ロベルト・ムーロロ)、Renzo Arbore(レンツォ・アルボレ)といった大御所から、Bruno Venturini(ブルーノ・ヴェンチュリーニ)、新しいところでは、Maria Nazionale(マリア・ナツィオナーレ、ナポリ語で歌うという美人歌手)など。また、もちろんおなじみの、Milva(ミルバ)や、Ornella Vanoni(オルネラ・ヴァノーニ)、そしてMina(ミーナ)やGigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクエッティ)の歌も聴きたいところです。
 では、大好きだったミルバの”Non Sapevo”を聴いてみます。

(しめくくり)
 しかし、なんと言っても、ブルーニとビルラが実に味わい深いですね。少なくとも、ナポレターナに限って言えば、コレルリ、Pavarotti(パヴァロッティ)、Domingo(ドミンゴ)を始めとする一流オペラ歌手たちの堂々たる歌唱も、この二人の前ではいささか食い足りなさを覚えます。(ただ、ステファーノだけは別格だと思いますが)
 ブルーニやビルラの、Core'ngratoは無論、Torna a Surriento(帰れソレントへ)や、'O sole mio(オーソレミオ)はまさに名人芸で、一聴に値します。特に、ビルラには多くのライブ映像が残されています。