聖夜のバッハ、コンスタンチン・リフシッツの<ゴルトベルク変奏曲> 所沢ミューズの豊饒と神聖

 実際は聖夜でもなく、夜でもなく、12月25日の午後3時の開演でした。でも、コンサートが終わった午後5時頃は、会場を出ると冬の短い一日も既に暮れ方を迎え、会場の所沢ミューズ前の広場に立つ木々に施されたクリスマスのLEDの電飾が鮮やかに目を引きました。

 先だって遊学中のベルリンから学期末を利用して一時帰国した娘と一緒のコンサート鑑賞でした。彼女はついこの前、ベルリンのフィルハーモニー室内楽ホールで、アンドラーシュ・シフの<ゴルトベルク変奏曲>を聴いたばかりとのことで、今日の演奏も楽しみにしていました。
 この日の曲目は、最初にバッハの<前奏曲とフーガ 変ホ長調BWV552>で、これが約30分、15分の休憩を入れてお目当ての<ゴルトベルク変奏曲>で、リフシッツは前後にアリアをはさんでの30変奏を(繰り返しを含め)一気に弾き上げました。彼はパンフレットやポスターにあった髭をさっぱりとそり落として、いかにもロシア人らしい体型で現れ、すぐにピアノに向かい背をやや丸めて弾き初めました。
 約80分、この難曲に恐るべき集中力と目を瞠るような演奏テクニックで挑み、この曲がピアノ演奏のあらゆる可能性を包摂した極めて偉大でドラマティックな内的構造を持っていることを鮮やかに示してくれました。<ゴルトベルク変奏曲>の巨大な世界を極めてスリリングな演奏で眼前に現出させるピアノのパフォーマンスに聴衆もみな酔いしれました。大袈裟に言えばグレングールドの演奏を歴史的遺産にしてしまいかねない素晴らしい演奏でした。
 まだ34歳の若さのリフシッツはもしかしてグールド、いやリヒテル級の大立者になるのかもしれません。同じロシアでもアファナシエフや、隣のユーゴのポゴレリチのような奇矯さからは免れており、オーソドキシィを身にまとった大ピアニストになる可能性を感じます。(大ピアニストという表現には、商業主義的な意味合いもあります。見かけも大事だとすれば、彼はやや地味な感じがします。―まあ、リヒテルだって地味でしたが、晩年にはその風貌には言うに言われぬ風格と威厳が備わっていました。)
 所沢ミューズの来年のプログラムでは、2月13日に、クリストフ・プレガルディエンとアンドレアス・シュタイアーという豪華組み合わせで、シューマン<詩人の恋>とシューベルト白鳥の歌より>という演目があり、昨年の<冬の旅>以来の登場に期待が高まります。
 また12月23日に発売開始され早速購入した、フリップ・ヘルヴェッヘとコレギウム・ヴォカーレによるバッハ<ミサ曲短調>(6月4日)が楽しみです。ソリストも、カウンター・テナーのダミアン・ギヨンやバスのペーター・コーイなどの充実ぶりです。

 さて、リフシッツの<ゴルトベルク変奏曲>はyou tubeにはありません。リフシッツでは先般<平均律クラフィーア曲集>の映像は紹介しましたので(8月29日)、ここはひとつ、日本の誇る若きチェンバリスト曽根麻矢子さんの演奏で<ゴルトベルク変奏曲>をちょっと聴いて終わりたいと思います。(今回はリフシッツの巻というのに、何とも節操がないようですが・・。)