独断と偏見で選ぶこの世で最も心に響く名曲10選(その6)<casta diva は、マリア・カラスだけではありません>


 ベルカント・オペラの最高傑作、ベッリーニの「ノルマ」には、マリア・カラスによる絶対的名演のCDが残されているのはご存知のとおりです。
 すなわち、トリオ・セラフィンの指揮による1960年9月の二度目のスタジオ録音のことで、誰しも異論のないところでしょう。このオペラは主役の巫女ノルマのほか、ローマより派遣の地方総督ポリオーネと若い巫女のアダルジーザが重要な役回りですが、このCDでは、これを世紀の美男テノールフランココレルリと、当時32歳の名歌手クリスタ・ルードウィッヒが熱演しており、考えられる最高のキャスティングと言えます。
 このオペラは、ミラノ・スカラ座1831年12月に初演されています。ノルマは、当時の伝説的な名歌手マリア・マリブランと人気を競った(ベッリーニの愛人でもあった)名ソプラノのジュディエッタ・パスタが歌っています。ベッリーニのもう一つの傑作「夢遊病の女」は、同年の3月に初演されており、やはりパスタがアミーナを歌っています。ロッシーニ、ドニゼッテイと並ぶベルカント・オペラの雄であるベッリーニが30歳の時です。(その4年後の1835年、彼はわずか34歳の若さで亡くなっています。)
「ノルマ」の第1幕第1場で、有名なカヴァティーナ<casta diva(清らかな女神よ)>が歌われますが、この難曲に古今東西の名だたるソプラノ歌手が挑戦しているという、まことに歌い映えのする、そして心にしみじみと訴えかけてくる、ベッリーニのオペラでは屈指の名曲です。
 ノルマが、ローマへの反乱の機会を狙うドルイド教徒やガリア人たちと、恋人でもあるポリオーネとが衝突することを恐れ、興奮に逸る人々の気持ちを鎮め、やがて神の怒りが下り異教徒は去るだろうと告げて歌うアリアです。そうした引き裂かれた自我を抱えた複雑な感情の表現を求められる、何とも難しい曲です。おまけにポリオーネは今では秘かにアダルジーザを愛するようになっているという、実にややこしい、古典的悲劇の構造をもったドラマです。(台本を書いたのは、ベッリーニのオペラの殆どを手掛けているプロット作りの達人フェリーチェ・ロマーニです。)
 この曲を歌って冠たる存在は無論マリア・カラスでしょう。このオペラだけで実に88回という出演記録を持つカラスの、自在に、しかも微妙に声を操って主人公の裏切り裏切られる悲劇的な感情を表現する歌唱の巧みさは、まさに神がかり的といっても過言ではありません。
 ライナー・ノーツで岸純信氏は「大音量で歌いまくるのも大変ではあるが、喉を絞って小さな音量でむらなく響かせるのは、往々にして、さらに難易度が高くなる。」と書いておられますが、このような芸当ができるのは、先ずカラスが第一人者と言っていいでしょう。。
 では先ず、マリア・カラスの歌うcasta divaを聴いてみます。

 
 しかし、この曲に関しては、他にも素晴らしい歌手の私たちの心に響く歌唱が沢山あります。その中で、エディタ・グルベローヴァと、チェチーリア・バルトリの歌唱を聴いてみます。カラス以外では、この二人が屈指の歌声を聴かせてくれます。
 バルトリには、前述のマリア・マリブラン(3オクターブの声域を持っていたという)にちなんで、<ロマン主義の女神”マリア・マリブラン”に思いを馳せて>、と称した「マリア」というアルバムがあり、その中でcasta diva を聴くことができます。バルトリはもともとメゾ゙・ソプラノの歌手なので、そのせいか陰影に富んだ実に深みのある歌唱を聴かせてくれます。最初の歌い出しを聴いただけで、思わず心がうち震えます。。彼女のCDは沢山出ていますが、何を聴いても素晴らしい、ソプラノ声域も易々とこなす当代随一のメゾ・ソプラノ歌手です。
 グルベローヴァについては今更言う事はありませんが、不世出にして完璧なコロラトゥーラ歌手としての輝きと貫録があります。それに、この映像のグルベローヴァの可憐な風情には驚きます。
 
 次は、当代切っての人気と実力と美貌を兼ね備えた二人、バルバラ・フリットリと、レニー・フレミングです。彼女らについては、Googleなどを検索すれば沢山記事が出てきますので(ファンも多いのです)、屋上屋を架すことは避けます。とにかく聴いてみましょう。

 
 いささか食傷気味になってきたかと思いますが、最後に今最も人気があり、しかも妖艶にして目を瞠るような美人歌手であるアンナ・ネトレプコ(ロシア)と、アンジェラ・ゲオルギュールーマニア)も外す訳にはいかないでしょう。それにしてもゲオルギューは、声といい歌い方といい、どことなくマリア・カラスに似ていると思いますが、気のせいでしょうか?