イアン・ランキンのミステリー『黒と青』は<ローリング・ストーンズ>のアルバム・タイトルで、本文はロックなどの名曲案内だ(その1)
枕元に積んである本の山の中から、ふと笠井潔の『哲学者の密室』上(カッパ・ノベルズ)を引っ張り出し、再読し始めましたが、小説としての文章と人物造形の意外な下手くそぶりにがっかりし、読み続ける気力を失いました。カッパ・ノベルズで上梓されてすぐに買い求めて読んだ時は、それなりに面白く思った記憶がありますが、しかし知的関心をくすぐりそうなテーマと登場人物での思わせぶりに初読の際は幻惑されたものの、年を経た今読むと、人物などの描写がいかにも類型的で深度の浅い感じがして興ざめしました。また随所に出てくる著者の哲学的蘊蓄は小説にとっては邪魔以外の何ものでもありません。この本は諦めるとして、もっとしっかりした小説(ミステリー)が読みたくなり、思いついて、九州に住んでいた10年以上前に「ハヤカワ・ミステリ」で翻訳出版されたときにすぐに読んだ記憶のある、イアン・ランキンの『黒と青』を読み直してみることにしました。その時は確か、地元の県立図書館で借りて読んでいます。
イアン・ランキンの作品は、引き続いて出版された『血の流れるままに』や『首吊りの庭』などいくつか読みましたが、舞台が(ロンドンではなく)エジンバラ、グラスゴーあるいはアバディーンというのも、英国北部スコットランドの暗欝ででクリミナルな雰囲気が何とも言えず趣があって、当時随分楽しんで読んだ記憶があり、機会があればいつか読み直してみたいと思っていました。
周知のとおり、タイトルの『黒と青』は、ローリング・ストーンズのアルバムの名前ですし、前作(翻訳出版順序は逆で、出版はこちらが後)の『血の流れるままに』も同じグループの傑作アルバム名で、かつタイトル・チューンでもあります。しかし、この本をあらためて読んでみるとローリング・ストーンズは勿論、この作品に登場する名曲のオンパレードにはただ驚くほかありません。(読み終わってみるとやや徒労感が残りました。筋の組み立てと運びには、アングロサクソン特有の粘着力を感じて辟易しましたが、人物描写に優れ、会話の間がよく、文章作りは上手です。もちろん、作者の蘊蓄を披歴するようなつまらない説明的文章は皆無です。延原泰子さんの訳がまた素晴らしいものでした。翻訳家としては菊池光さんや東江一紀さん匹敵するのではないでしょうか。)
ロックン・ロールはご存じのように1960年〜70年代にひとつ頂点を迎えますが、当時私はやはり同時期にピークを迎えていたモダン・ジャズに入れ込んでいて、ロックにはほとんど関心を向けませんでした。無論今も貧弱な観賞力と知識しか持っていません。しかし、本書を読みながら、ここであらためて本書に登場するミュージシャンや曲を中心にロックン・ロールのお浚いをしてみるのもいい機会かも知れないと思った次第です。特にこの作品の前半は、小説の名を借りたロックの名曲案内でもあります。
ここでこの本に言及されているロックを中心とした曲を全部紹介してみます。(頭にP...とあるのは、曲についての記述のある「ハヤカワ・ミステリ」のページです。また、ミュージシャンの後のカッコ書き内は該当する音楽ジャンルですが、単純にレッテル貼りをするのもやや問題があります。)
P22 マーヴィン・ゲイ(米:R&B) <アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ>
P27 ペット・ショップ・ボーイズ(英:エレクトロ・ポップス) <イッツ・ア・シン>
P27 マイルス・デイヴィス(JAZZ) <ソー・ホワット> アルバム名も同じ。
P40 ローリング・ストーンズ(英:UKロック )<ブラック・アンド・ブルー> これはアルバム名。
P41 ヴァン・モリソン(英:UKロック) <アストラル・ウィークス> アルバム名も同じ。
P41 ローリング・ストーンズ <レット・イット・ブリード> アルバム名も同じ。
P53 ボブ・ディラン(米:ポピュラー・ロック) <ドント・ルック・バック> これはツアーを追ったドキュメンタリー。
P55 アレックス・ハーヴェイ(英:ハードロック) <フレームド> これはアルバム名。正確には ”センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド”
P55 ジェスロ・タル(英:プログレ) <リヴィング・イン・ザ・パースト> アルバム名も同じ。
P58 ダンシング・ピッグス(かつてパンク・ロック・ミュージシャンであったイアン・ランキン自身が結成したバンド。ご愛敬で登場。)
P60 スコットランドの行進曲<フラワー・オブ・スコットランド>
P63 ヴェルベット・アンダーグラウンド(米:ロック) <アンディ・ウォーホールのデザインしたバナナのシールのはってあるもの、とあるが、曲名は書いてない。>
P63 フランク・ザッパ&マザーズ・オブ・インヴェンション(米:プログレ、R&Mなど) <フリークアウト> これはアルバム名。
P63 ビートルズ(英:UKロック) <サージェント・ペパーズ(・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド) これはアルバム名。
P114 ジェフ・ベック(英:UKロック) <ハイホー・シルヴァー・ライニング>
P169 ピンク・フロイド(英:プログレ) <メドル> これはアルバム名。
P169 マイク・オールドフィールド(英:プログレ) <チューブラー・ベルズ>(ヴィヴ・スタンシャルのイントロ付き) アルバム名も同じ。
P173 デイヴ&アンセル・コリンズ(レゲエ) <ダブル・バレル> アルバム名も同じ。
P173 シャーデー(英:ポピュラー・バンド) <スムース・オペレーター> アルバム名は”ダイアモンド・ライフ”
ここまでで約半分です。これほどロックやポピュラーの曲名がずらずらと出てくる本は見たこともありません。
ここで一服して、上記の内の何曲かを聴いてみたいと思います。
まず、ペット・ショップ・ボーイズの<イッツ・ア・シン>と 、ヴァン・モリソンの<アストラル・ウィークス>。
まあ、世評は高かったものの、どちらも今聴くと何ということもない平凡な曲です。<イッツ・ア・シン>は映像が下劣です。まるで花村満月の世界をなぞったような二度と見たくない代物です。曲の方は耳になじみやすいものですが、陳腐化も早そうです。<アストラル・ウィークス>は美しい曲なのですが、毒のない薄い感じがして、心が揺られる曲ではありません。少なくとも私がロックに求めているものはここにはないようです。もう今日的な意義はないでしょう。
ここで、ローリング・ストーンズを登場させます。左は、アルバム”レット・イット・ブリード”のタイトル・チューンである<レット・イット・ブリード>、右はアルバム”黒と青”から<愚か者の涙>です。
やはりミック・ジャガーは天才です。今でも訴えかける何かを持っています。これほど長期間にわたって活躍し続け、強いインパクトとハイ・ヴォルテージを保ち続けているバンドもそうはありません。
ローリング・ストーンズでは、一に<ギミー・シェルター>、二に<レット・イット・ブリード>、三に<無情の世界>、四に<悪魔を憐れむ歌>、五に<ブラウン・シュガー>というのが、私の番付表(ランキング)ですが、いかがでしょうか?
(続く)