ウエイン・ショーターは好きですか?

 
 鹿児島市でかつて<パノニカ>というジャズ喫茶にしてジャズ・ライブハウスを経営していた中山信一郎さんは、在野の著名なジャズ評論家で、私の鹿児島市在住時代の尊敬する知人でもあります。私が鹿児島を去ってからもう10年以上、以後一度もお目にかかっていませんが、その中山さんは以前「スイングジャーナル」誌の1986年5月刊の臨時増刊号<ジャズ・ジャイアンツこれが決定盤>で、セロニアス・モンクを担当執筆されていました。
 そもそも<パノニカ>という店名自体、モンクの名作<ブリリアント・コーナーズ>の中の作品名からとられたものです。中山さんは渾身これジャズの権化のような方でした。下の写真は、中山さんの著書です。今どうしていらっしゃるのでしょうか。
 さて、私は昔からこのセロニアス・モンクとウエイン・ショーターがどうも苦手で、とくに後者は、マイルスのグループにいた時も、ウェザー・リポートを結成した時も、ブルーノートから多くのリーダー作を発表していた頃も殆ど関心がなく、今思うとなぜなのか全く不思議ですが、恐らく当時の私にはショーターをきちんと理解するだけの鑑賞力がなく、食わず嫌い的に避けていただけのことと思います。それに、彼にはジョン・コルトレーンという偉大な先達がいて、そちらにばかり目(あるいは耳)を向けていたためと、彼の音楽が持つ一種独特の土俗宗教的な皮膚感覚が生理的に合わなかったためかも知れません。
 岡田暁生さんは著書で「端的に言って音楽体験は、何よりも先ず生理的な反応である。」として、以下のように続けます。
「・・・しかし頭でどれだけ理解出来ても身体が嫌がる。・・・特定の音楽と生理的に波長が合わないということは、誰にでも起こりうる。偉大な作曲家といえども例外ではない。」 (「音楽の聴き方」中公新書2009年6月)
 となると、年齢を重ねて体質が変われば、今まで相性の悪かったプレーヤーを好きになることはありうることです。私にとってこの二人がまさにそれで、今は全くと言っていいほど抵抗感はなく、むしろ好きなプレーヤーになっています。特に、ショーターは今やマイ・ファイバリット・プレイヤーの一人です。もっとも、昔は理解力が不足していて、今は少しはましになっただけのことかも知れません。その境目は微妙です。

 モンクでは<ブリリアント・コーナーズ>ばかり繰り返し聴いています。このアルバムは傑作か破綻寸前か微妙なところがありますが、例えば最後の” ベムシャ・スイング “ が、ぎくしゃくしたリズム感と不協和音的なピアノ演奏で、まるで現代音楽のようで面白く聴かせます。この曲のみアーニー・ヘンリー(as)に代わって、どうして紛れ込んだのか、クラーク・テリー(tp)が場違いの比較的まともな調性のトランペットを吹くその先を、モンクの破綻しかかったような、トランペットとの和声をぶち壊そうとするかのような、結滞するかのようなピアノ演奏が追いかける様子が極めて可笑しいのです。でも、さすがにソニー・ロリンズとなると貫禄充分、どこ吹く風という趣で悠然とサックス吹き鳴らしており、このピアノとの掛け合いが又たまらなく面白いのです。









 一方、ウェイン・ショーターの作品では< スピーク・ノー・イーブル>が実に興味深々のアルバムです。ハービー・ハンコックもいかんなくその実力を発揮していますし、フレディ・ハバード(tp)にもひときわ生彩を感じます。
 ミステリアスで何とも言えない妖しげな感覚世界―識閾を刺激する呪術的な蠱惑に満ちた世界―に引き込まれそうになります。(大袈裟ですよね。)
 冒頭の作品、その名も何と” WITCH HUNT ”(魔女狩り)とくれば、これはもうたまりません、怪しさ満点です。ハービー・ハンコックのピアノが繰り返し繰り返し薄気味悪いリズムを刻み続けます。これを聴いていて昔に同じ” 狩り “ でもザ・レジデンツ<エスキモー>というアルバムの” Walrus Hunt “ (セイウチ狩り)を始めて聴いてぶっ魂消たことを思い出しました。
 ショーターのアルバムのタイトルが又面白いものばかりです。
<スピーク・ノー・イーブル><ジュジュ><アダムズ・アップル>といかにも怪しげで、また、<スキッツォフリーニア>というものがあって、私は病院に勤めているので分かりますが、これは昔で言う「精神分裂症」、現在では「統合失調症」という典型的かつ古典的な精神病名です。まあ、よくぞ名付けたものです。何しろ、統合失調症の典型的な症状は「幻聴」と「妄想」ですから。
 リーダー・アルバム以外では、マイルス・デイビスの<SORCERER(魔術師)>や<NEFERTITI(古代エジプトアメンホテップ四世の妃の名。絶世の美女として有名)>で存分に自分の音楽世界を表出しています。
 左は、ショーターのブルー・ノートでの初リーダー作の<ナイト・ドリーマー>です。マッコイ・タイナー(p)、エルヴェン・ジョーンズ(ds)、レジー・ワークマン(b)といったコルトレーンのメンバーをそっくりと、リー・モーガン(tp)と組んで演奏していますが、黙って聴けば、コルトレーンが演奏しているのかと思ってしまいます。ショーターには、こんな演奏をしていた時代もあったのですね。
 右は、懐かしいジャズ・メッセンジャー時代の演奏です。投稿者の方のコメントによれば、1963年、サンレモでの演奏だそうで、アート・ブレイキーのほか、フレディー・ハバードとカーティス・フラーがショーターの後ろに並んで颯爽とプレイしてますし、レジー・ワークマンとシダー・ウォルトンの姿も見られます。みな若き時代の溌剌とした演奏です。