高貴なる魂の声 Kathleen Ferrier

 マタイ受難曲は、私のような弱い心を持ったインモラルな人間にとって、最後の心の砦といっていい大切な曲です。神を信じない私ごときが、バッハの中に時として神を見る、など言うのはおこがましい限りですが、ひそかにそう叫びたくなることがあるのです。
 つい数日前の深更、kathleen Ferrier(カスリーン・フェリアー)の歌う、マタイ受難曲のペテロの否認に続く最も有名なアリア、Erbarme Dich,mein Gott(憐れみたまえ我が神よ)を聞いていて涙が溢れて止まりませんでした。ものみな荒廃の道を辿りつつあるこの時代と人の心の、そして己自身の惨憺たるありさまを見るにつけ、カスリーン・フェリアーの歌声が人間の魂にまだ高貴なものが残っていた昔を思い出させ、思わず涙せずにはいられなかったのです。古い録音の奥から響いてくるフェリアーの魂の声が胸をずんずん突き刺します。胸をぎゅっと締め付けます。41歳という若さで世を去った高貴なる魂の人、カスリーン・フェリアーの歌声は、天が私たちに与えてくれた貴い贈り物なのかも知れません。