独断と偏見で選ぶこの世で最も心に響く名曲10選(その7)<沈守峰の「その時、その人(クッテ ク サラン)」 と、趙容弼の歌う「鳳仙花(ポンソンファ)」> (続)

承前
2、趙容弼(チョー・ヨンピル)の歌う「鳳仙花(ポンソンファ)」 
「鳳仙花(ポンソンファ)」は韓国のヴァイオリニストであった洪蘭坡(ホン・ナンパ)が1920年に作曲した美しくも悲しい歌です。この曲が作曲された当時は、日韓併合の時代(1910年8月〜'45年9月)で、祖国を失った朝鮮の人々の気持ちがこめられた哀愁に富んだメロディーとなっています。
 ホン・ナンパの生涯は、名曲「鳳仙花」とともに、大日本帝国の統治下にあった時代に生き、運命にもてあそばれた数奇なものでした。
 田月仙(チョン・ウォルソン)さんの「禁じられた歌」(中公新書ラクレ、2008.2)を読むと、この歌が辿った残酷な運命が分かり、胸が痛みます。

 この書によれば、日本の統治時代に作られた「鳳仙花」は、日本により民族心を煽るとして禁じられたそうで、創唱者の金天愛も日本の警察に連行されたりしています。
 一方独立後60年も経った2005年からは、盧武鉉大統領直轄の「親日反民族行為真相究明委員会」による親日派追及の嵐の中で、ホン・ナンパも追及の対象となり、「親日人名事典収録予定者一次名簿」にも載せられます。
 この歌の辿った運命の皮肉とも言える残酷さは、また、たびたび身も心も引き裂かれるような二律背反の運命にもてあそばれてきた多くの韓国の人々の苦しみとも重なります。









 李正子(イ・チョンジャ)さんの「鳳仙花(ポンソナ)のうた」(影書房、2003.3)には、この曲についても書かれているところがあります。
「鳳仙花」は「愛用するバイオリンを売ったお金を独立運動に用いたとして、日本を追われる途上で作られた洪蘭坡の不滅の歌曲である。亡国の哀しみと独立への意志を花にたとえたこの曲は、原題が<哀愁>というのもうなずける、静謐で透明な美しさをたたえている。」と李さんは記しています。
 歌の本来持っている悲しいまでの美しさと、数奇な運命に翻弄されたという痛ましい記憶が、この歌を90年経った今でも人の心を打って止まないものとしています。
 この書にある歌集「鳳仙花(ポンソナ)のうた」の歌の数々は、血を吐くような悲痛な歌ばかりですが、ここに最も心に響いた一首を引用をさせていただきますので、どうかお許し下さい。
   かえらざる数限りなき魂に「故郷の春」や「鳳仙花(ポンソナ)」のうた 
                                     <歌集 鳳仙花の歌part2より> 


 「鳳仙花」は、You tubeでは、著名な歌手としてはチョー・ヨンピルのものしかありません。文珠蘭(ムン・ジュラン)などの女性歌手の歌も聴いてみたかったのですが、なぜか見当たりません。ここではチョー・ヨンピルの感情移入の強い、魂の入った歌唱を聴いてみます。ちなみに、チョー・ヨンピルの歌唱力は、上手い歌手の多い韓国でも一頭地を抜いています。聴衆の心に訴えかける力も飛びぬけています。引き裂かれた運命にもてあそばれ悲しい歌の、引き裂かれた複雑な感情を巧みに表現し、しかもそうした残酷な運命に立ち向かうように全身全霊、魂をこめて歌うチョー・ヨンピルの歌唱には本当に心がうち震えます。彼はもはやトロット歌手という枠を超えた世界的な大歌手と言っても過言ではありません。
 1曲目が「鳳仙花」で、2曲目が、前回チュ・ヒョンミが歌っていた「荒城の址」です。

 
 追記(平成24年8月19日)
 残念がら、この映像が削除されましたので、1987年のジャパン・ツアーでの演奏を見たいと思います。
 
 チョー・ヨンピルは、1987年の日本の紅白歌合戦に、韓国のドラマの主題歌で大ヒットした「窓の外の女」で出演しています。
窓の外の女(1980年発表のこの歌は、彼の持ち歌の中では一番の名曲だと思います。)
 ハング・ノレ(韓国歌謡)をテーマにした記事は、これを最後にしたいと思いますので、ここで総浚いの意味で、韓国歌謡史を彩った名曲・ヒット曲のいくつかを(独断と偏見で)選んで紹介をして終わりたいと思います。
 なお、キム・スヒについては、3月15日の記事「멍에」で紹介しましたので、ここでは省きます。
(1)イ・ミジャ
椿娘(トンベク・アガシ(1964年イ・ミジャが歌ってヒットしたが、かつて、倭色(日本的)として韓国で放送禁止になったことがあります。)
他郷暮し(タヒャンサリ)(1934年に発表された高福寿のデビュー曲)
(2)パティ・キム
離別(イビョル)(パティ・キムが1973年に歌った大ヒット曲です。―23.3.13追記:you tubeから彼女が歌った映像がなくなりましたので、代わりにヘウニが歌っているものを観ます。)(25.9.6追記:ヘウニの歌唱が削除されましたが、パティ・キムの静止画の歌唱映像がありました。)
(3)ナフナ
カスマプゲ(元々ナム・ジンが1967年に創唱した韓国を代表する名曲。ナフナは持ち歌”なんで泣く”が有名ですが・・・。)
(4)チェ・ジニ
愛の迷路(チェ・ジニが1986年に歌って日本でも大ヒットしました。歌といい歌手といい、何と魅力的なことでしょう。)
(5)チュ・ヒョンミ

雨降る永東橋
(言うまでもなく、1984年のチュ・ヒョンミの大ヒット曲。)
女の一生(ヨジャエ・イルセン)(イ・ミジャの1968年の代表作ですが、イ・ミジャの映像が見当たらないのと、チュ・ヒョンミの歌唱があまりにすばらしいので、敢えてここに入れました。)
木浦の泪(1935年の古い名曲です。チュ・ヒョンミは何を歌っても実に上手い!私が最初に覚えたハング・ノレです。心を蕩けさすような見事な歌いっぷりです。途中の古い映像は、創唱者の李蘭影ーイ・ナンヨンーです。)