クリストフ・ブルガルディエン&アンドレアス・シュタイアー リート・デュオ・リサイタル <所沢ミューズ>にて


 2月12日(日曜日)「所沢ミューズ」で標記のリサイタルが行われました。寒さも少し緩んだ昼下り、真っ青な空の下を期待を胸に所沢ミューズへ向かいました。午後3時の開演です。このリサイタルのS席が、3,500円と言うのは信じられない安さです。左は、公演のあった中ホール”マーキーホール”です。
 クリストフ・ブルガルディエンは2009年に所沢ミューズでリサイタルを行い、「冬の旅」を歌ったのを聴きましたから、私にとっては2度目となります。(所沢ミューズにとっては2003年の公演を含め3度目の登場になります。)今回の伴奏は、何とフォルテピアノチェンバロの名手アンドレアス・シュタイアーとは驚きです。ただ、事情で、当初予定していたフォルテピアノではなく、通常のピアノ(所沢ミューズ所有のスタインウェイ)になったことが大変残念でした。乾燥続きで、楽器が想定以上に不安定という理由でしたので、やむをえないものでした。

 プログラムは下記のとおりです。
シューマン:ロマンスとバラード第1集 作品45 アイヒェンドルフ:詞:2曲/ハイネ詞:1曲
シューマン:5つの歌曲 作品40 アンデルセン詞:4曲/シャミッソー詞:1曲
シューベルト:「白鳥の歌」D957より6つの歌曲 作品40(ハイネ:詞)
 アトラス/彼女の姿/漁師の娘/都会/海辺で/ドッペルゲンガー
シューマン:「詩人の恋」作品48(ハイネ:詞)
 シューマンの歌に挟まれたシューベルトを聴いたときは、異質な、ぽっかりと空いた深淵を覗きこむような目眩めきを覚えました。
 シューベルト弦楽四重奏曲<死と乙女>や交響曲第8番<未完成>あるいは「白鳥の歌」など、これほど美しくもデモーニッシュな曲が他にあるでしょうか。シューベルトの果てしなく暗く美しい楽想!<死と乙女>は最近ではカルミナ弦楽四重奏団の演奏が出色でした。
 いや、今回のリサイタルの主役はシューマンでした。3曲のアンコールもシューマンだったほどです。
 さすがに歌い込まれた「詩人の恋」は完璧だったと思います。知・情・意全てそろった歌いっぷりには身も心もシューマンの世界に沈潜しました。 
 ハイネの「歌の本」から選んだ16曲の歌は、ピアノの比重が極めて大きく、歌が終わってもピアノが延々と続く曲も多くあります。テノールでは、過去にフリッツ・ヴンダーリッヒの甘い歌声が知られていますが、ブルガルディエンの歌唱は成程と思わせる詩の解釈、そして揺るぎなく、知的にして極めて落ち着いた、しかもリリックな歌い方が好もしく思われました。シューマンが深くハイネの詩を理解した曲作りをしていることも、対訳を読んでみるとあらためてよく分かります。
 なお、ブルガルディエンはテノールといっても声の質はバリトンに近く、ドイツ・リートにはとても打って付けと感じました。
 シャルル・パンゼラとアルフレッド・コルトー以来「詩人の恋」の名唱は目白押しですが、ブルガルディエン=シュタイアーもきっとその仲間入りをすることでしょう。
(ブルガルディエンの好敵手、イアン・ボストリッジのリサイタルが3月31日に東京オペラシティ コンサートホールで行われるので聴きに行きます。プログラムはシューベルトの「白鳥の歌」です。イギリス人のせいか彼のドイツ語はあまりドイツ語らしくないのですが、陰影に富んだ、感情移入の上手い歌唱を、ヘレヴェッヘ指揮の「マタイ受難曲」のエヴァンゲリスト役でいつも楽しんでいます。ブルガルディエンのようなドイツ・リートの正統派とは少し違いますが、どんな風に歌うか楽しみにしています。)
 ブルガルディエンは、私の愛聴しているグスタフ・レオンハルト指揮の「マタイ受難曲」のエヴァンゲリストで真価を発揮していましたが、リートもまた負けずにすばらしいものでした。どちらも、多くの名歌手と比較しても、声の美しさ、透徹した解釈など、決して引けをとりません。


 アンドレアス・シュタイアーは、フォルテピアノでなくて本当に残念でした。しかし、そう贅沢も言えません。彼がピアノ伴奏したこと自体が大変なごちそうであり、「詩人の恋」のようなピアノの比重の大きい曲集にはたまらない魅力を発揮してくれたからです。
 リサイタルが終わって、「白鳥の歌」のCDにお二人にサインをして貰いました。これだけの大スターがいやな顔ひとつせず、にこやかに、押しかけた聴衆のサインを求める列にいつまでも応えていた姿には心底心打たれました。
 サインを行っている二人の姿を写真に撮りました。左がシュタイアーで、右がブルガルデイエンです。写真で見ても二人の真摯な人柄がよく分かります。


 you tubeで二人のリサイタルで共演している姿を見ることができます。下記の映像の曲はショパンの歌曲"Smutna rzeka"(The Sad River)です。