第65回終戦記念日に<海ゆかば>

 昨年の今日(8月15日)は靖国神社前の「K病院」で手術後の身で、うんうんうなっていたのを思い出します。8月14日にここの病院の練達の整形外科の先生の執刀で脊柱管狭窄症の手術を受け、おかげで今は完全に近く治癒しています。本当に、先生に感謝です。昨年8月15日は、靖国神社から流れてくる音楽や騒音を、点滴などの沢山(?)のチューブなどを取り付けられて横たわる病床で、おぼろげながら覚えています。
 私は、太平洋戦争の始まる9ケ月前に生まれましたが、なぜか3〜4歳の頃の戦争の記憶は、今でも脳裏に鮮明に焼き付いています。空襲、防空壕疎開、粗末な食事や衣服などなど。
 今の満ち足りた日本に生きていて、果して本当の幸せを私たち日本人は掴んだのかと、ふと疑問が生じます。今の日本の政治や社会も人の心も、日に日に救いようのない腐った底なし沼に引き込まれつつあるような気がして、暗澹となります。やはり、我々に言語を絶する大きな試練が与えられなければ、ここから這い上がることはできないのでしょうか。
 たまに行くカラオケで必ず歌う歌は、「海ゆかば」です。この曲は、作曲家信時潔の畢生の傑作で、歌詞はもちろん万葉集の大歌人大伴家持長歌から採ったものです。
 日本の歌の中で、これほど心を打つ歌ははほかに知りません。もちろん戦時中に学徒出陣を含む出征兵士を送る歌として愛唱されてきました。単に音楽としての素晴らしさのみならず、日本人が辿ってきた苦難の記憶ももちろん刷り込まれた忘れることのできない名曲です。帝国海軍を象徴する歌でもありましたが、単に軍国主義を象徴するだけの歌ではありません。日本人としての矜持と悲しみがせつせつと魂に伝わってくる名曲でもあるのです。
 もう一つ言えば、太平洋戦争時の日本を全否定する立場を私は採りません。誤り多かった戦争指導者のもとで、多くの(軍人を含む)日本国民が、信じがたい苦難を重ねてきたた歴史をすべて否定できるものでしょうか。戦後はともすれば、赤紙一枚で招集されたうえ空しく戦塵に斃れた軍人としての多くの日本人、また無慈悲な空襲で命を失った多くの無辜の日本人、生き残ったものの筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めてきた数多くの日本人が辿った歴史の全てに、軍国主義というレッテルが貼られ、長い間屈辱をしいられてきました。こんなことは、明らかに間違っています。
 さて、「海ゆかば」を格調高く表現した歌手としては、サンタ・チェチーリア音楽院などで学んだ奥田良三(1903.6.12〜1993.1.27)に如くものはありません。その歌唱は、まさに神品といっていいほどの気品に満ちています。